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清洲城跡

 弘治元(1555)年、織田信長は叔父の織田信光と共謀して、当時対立関係にあった守護代・織田彦五郎(信友または広信)を攻めて清洲城を奪います。
で、『信長公記』なんかでは、彦五郎は信光に押し寄せられて自害するのですが…。
『森家先代実録』では、信長と信光が一緒になって屋敷にいた彦五郎を攻めたような記述になっています。さらにその時に彦五郎は屋敷の屋根に逃げて、それを追って可成も屋根にかけあがって彦五郎を討ち取った、ことになっています。ははは。

 そのすぐ後、その信光もピヨッと亡くなって歴史舞台から消えてしまいます。ピヨッと消えてしまう織田家メンバー多いですよね。何が起こってたのかしら。ははは。

 当時の本丸跡を線路がぶった切っているのがよく判ります。容赦ないですね。ははは。


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ちなみに、こちらは再建された現・清洲城です。

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