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森部古戦場跡

 永録4(1561)年5月11日に美濃の斎藤義龍が急死すると、はや13日には織田信長が西美濃に出陣しました。
 墨俣にいた斉藤家の将・長井甲斐守衛安(もりやす)と日比野下野守景直は六千の兵でこれを迎えます。織田軍が森部に布陣すると、斎藤軍は森部に広がる泥沼にズブズブと踏み込んで接近を試みましたが(おい!)、織田軍が一斉に矢を放ち、また鑓ぶすまで突きかかって応戦します。柴田勝家や森可成らの奮戦で斎藤軍を切り崩し、斎藤軍は泥の中という足場の悪さもあって必死に退却するに至りますが、信長が潜ませていた伏兵がこれを襲い、長井衛安と日比野景直も討ち死にしました。その後、斎藤方の長井隼人らが援軍に駆けつけ、信長は清洲へ撤退しました。

  

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 yahoomapで部分拡大。これは薬師堂で「森部古戦場」を示す石碑があります。さらに織田信長が薬師堂前で首実検をする時に鎧をかけてたという「鎧掛けの松(でも2代目)」、そして戦没者の墓石がこの一角にあります。


 見づらいですが、某大河ドラマ記念で植樹した「前田利家出世の松」が植えてあります。これは信長に追放されて浪人していた前田利家が、この合戦で手柄を立ててようやく帰参を許されたことにちなんだものだそうです。

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